退院直前に描き上げた
「薔薇」
ー最後の時ー
退院した後
〇1890年5月に精神科ポール・ガジェを頼り
パリ郊外 オーヴェールに移住し
70日後にピストルで自殺したとされていますが
その間に
80点もの作品を描き上げています
「ポピー畑」
「ガシェ博士の肖像」
が展示されておりました
ネットより
ゴッホ氏が自殺する6日前の弟テオ氏への手紙にはこう書かれていました
「僕は絵に命をかけた。
そのために正気でなくなっている。
それもいいだろう。」
描くことに夢中で人を顧みることができず、
また
人との関わりに失敗し苦しみ続けたから
描くことに没頭し続けるエネルギーとなったり、
と
交錯しながら天才になっていたのではないだろうか。