こんにちは
つい最近までウグイスの声で目覚めていた
たった3坪のルームサロン美容室ブランカのまりです
ブログランキングに復帰しました
うぐいすのオスがホーホケキョと鳴くのは
繁殖期を迎えて巣作りを始める春です☘️
昨年より遅い気がしますが
今年は周りを警戒する鳴き方をしなかったので
良かった
ちょっと前
4月のお出かけは
江戸幕府初代将軍の
有名すぎる徳川家康公が
1603年に築城した二条城に参りました
1994年にユネスコ世界遺産に登録されております
自宅から2時間ぐらい
JR二条駅の東口
千本通から歩き
押小路通に入り中学校を抜けると
重要文化財 西南隅櫓が見えてきます
1階屋根に唐破風が載せられており
1階外堀側の窓には石落しを備えています
さらにすすむと南門が見えてきます
この門は
大正天皇即位の儀式の際に入場口として新たに作られました
中から見た南門
すぐ先には 重要文化財 東南隅櫓が見えております
1階屋根に千鳥破風が載せられており、
見張り台、武器庫として使われていました
当時9つあった櫓は1788年の大火で焼けてしまいました
入場口となる
重要文化財 東大手門につきました
石落しが備わっておりますが
1620年ごろ天皇を2階から見下ろさないようにと
一重の門に建て替えられたと言われており
こちらは1662年に再建築されたものです
長寿を意味する松竹梅に鶴
守護する唐獅子など 極彩色の彫刻がとても豪華です
唐門の先には国宝 二の丸御殿
城郭に残る住宅様式は唯一であり、
6棟が立ち並ぶ御殿で部屋数33室
800畳強ある内部には
虎や豹、四季折々の花など
3600面の障壁画(レプリカ)で装飾されており
そのうち1016面が重要文化財に指定されております
廊下は
うぐいす張りと呼ばれており歩くと音が鳴りました
大広間は 徳川家、江戸幕府の最後を迎える
大政奉還と呼ばれている
1867年10月14日に政権を
明治天皇に返上する申し出がされたところであります
こちらでも昨年の台風21号の時屋根飾りがはがれ
徳川家の三つ葉葵の飾り跡が見つかりました
屋根の頂点のすぐ下の木の部分ですが分かりますか
入る際に見上げると見事な細工
外に出てきました西洋人の団体や
アジアの観光客らしい着物姿のペアもいます❗️
流れで
二の丸庭園 特別名勝へ
池の中央に蓬莱島、左右に鶴亀の島を配しております
二の丸御殿の
大広間、黒書院、行幸御殿から鑑賞できるようになっています
貴重な和歌山県の青石を始め
全国の大名から寄進させた
切り立った岩は敵なしの圧巻です↓
桜が3分ほど咲いております
順序では
この後 本丸庭園に向かうと良いのですが
小雨が降ってきたので
鳴子門をでて
和楽庵にて
清流園を眺めながらおしるこであたたまりました
清流園は 京都の豪商の屋敷跡から建築資材、庭石、樹木を
譲り受け1965年につくられたそうです
重要文化財 本丸御殿は
重要文化財 本丸庭園
東南の隅に築山を配して芝生が敷き詰められた曲線的な園路です
園内は手入れの行き届いた松が多く、美しい
凄腕の職人さん
園内南西隅には5重6階の天守閣があったのですが
1750年に落雷により焼失しました
恐るべし落雷
石垣が残されており登ることができます
幕で覆われた本丸御殿を望みます
渡ってきた西橋側です
よしのぶが居なかったから
戦にならず
残った奇跡の二条城
天守閣は2つあったとも言われており
この時代の
町絵師の作品では
前と後に2つ描かれて
信用されると言われております。
テレビより
重要文化財 南中仕切門抜けて桜の園に向かいます
山桜がやや咲き始めていましたが少ないだけに美しい
清流園側は山桜の他、
ソメイヨシノの開花も見られました
武士の終わりむかえ
急速に進む日本の大きな転機となった
大政奉還に尽力した人といえば
土佐藩の15代藩主の山内容堂さんと坂本龍馬さん
17年間、店をしていた大井町の南には
江戸時代、土佐藩の下屋敷があったので
彼らの歩いた道を私も歩いたかも
まだ150年前の話
幕末と現在はそう遠くないのに
AIが人に変わる時代を迎えているとは
幕末の志士は想像できたのだろうか