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戦国時代の終焉小田原城 周辺を散策

こんにちは80年代洋楽で気分があがる
川崎市百合ヶ丘の美容室ブランカのまりです☺


美容室ランキング

店内の音楽はSpotify スポティファイ
amazonsしかり生活はすっかりアメリカ頼みになっていますが
定番なラブバラードの種類も多くて安い

 

小田原には翌週の休みと2日間行っており
今回のブログはスムーズな流れ順に混ぜて書かせていただきました🖊


↑小田原城HPより

前回からの続きです👣
報徳二宮神社を後にして
南曲輪に来ました

かつてこの辺りには幅約16m・深さ約4.5mの堀があり
本丸の石垣が築かれていました

貴重!1633年に築かれ、被災と修復を経た後関東大震災により
この石垣は積み上げられていた状態で滑り落ちた

御茶壷曲輪

 

小峯橋

銅門 あかがねもん

銅板が張られ、木が捻れるのを計算して復元されたそうです


銅門 渡櫓門

住吉橋

 

馬場曲輪
城兵が出入りするための出入り口の外側を守るために作られた曲輪

馬出門枡形 石垣と塀で囲まれた四角い空間に追い込まれた敵は
渡櫓や石段の上から攻撃されてしまいます🏹

塀にある長方形の穴は矢を放つための「矢狭間」
    鉄砲攻撃には三角形の穴「鎬狭間」

馬出門

馬出門と東堀にあひるちゃんが沢山🦆

隅櫓と学橋

東堀沿いのお堀端通りにあります

幸田門跡記念碑
ここから上杉謙信や武田信玄が小田原城を攻めたと考えられています

ここには三の丸の土塁跡(盛土による堤防)があります

小田原郵便局側には石垣が見られます

グレーチング

二の丸跡に戻りました👣
先ほどの銅門 土塀模型

イヌマキ 犬槙

ビャクシン 柏槙

上の写真側かな?歴史を生き抜いた幹に相当な損傷があるとのこと

天守閣に戻りソフトクリームでパワーチャージ

北入口に向かいます

御用米曲輪跡

園内マップの焰硝曲輪辺りにひっそりと蓮池辨財天社が鎮座

木が茂る小さな社です

辨財天さまの像は新しい

鳥居横の自然石に囲まれた小さな⛩とお供え

小田原駅側と逆に歩きます
由来が刻まれた歴史的町名碑

青橋を渡ります

ほどなく八幡山東曲輪に着きます
ここは北条早雲氏の頃の小田原城の中心地であったと考えられおり
小田原城を取り囲んだ全周9kmの総構えの遺構とともに国の史跡になっています

次に目指す小峯御鐘ノ台大堀切は同じ進路で競輪場の前を通り行けますが
小田原高校側から行ってみます

小田原高校には八幡山古郭跡を見学できるフェンスで囲まれた散策路があるのですが
木や草で全く分からなかった 残念~

城山公園に向かいます

戦没者の慰霊塔

 

慰霊碑の後ろに土塁の雰囲気があります

 

小峯御鐘ノ台大堀切東堀

圧巻~距離と幅がNo1

中堀は道になっています

小田原市教育委員会の資料より抜粋↓

西堀へ

小峯御鐘ノ台大堀切西堀

多くが埋められています

↓小田原市教育委員会の資料より抜粋

西堀から道に抜けるとからたちの花の小径

大外郭土塁跡

土塁のすそには花弁のような紋が彫られています

杉の先

光林寺山西総構が土塁下にあるみたい

総構 ~落ちたら登れない~
1590年までに北条氏が豊臣秀吉との合戦に備え
小田原城とその城下を囲って築いた
総距離9Kmにも及ぶ大規模な堀と土塁による要塞の跡

↓小田原市教育委員会の資料より抜粋↓

光林寺山西総構は結構深く、樹木が凄くてよく見えません

小田原市教育委員会の資料より抜粋↓

 

東堀の続きがあります

東堀の中を歩くにはからたちの小径の案内板がある辺りが良さそう

※北原白秋さんは1918年から約8年間小田原市在住

ここから三の丸外郭新堀土塁に行く予定が右に行くのを下におりてしまい
大久保神社

報徳二宮神社

小田原城 南堀の蓮池

藤棚も大きい

 

おしゃれな外観!三の丸小学校


馬出門が見えます

東海道でつながる他の本町に住んだことがあります

江戸日本橋から80キロにあたる小田原宿で1泊する人が多かったそう

明治天皇がここにあった清水金左衛門本陣に5回宿泊されたそうで
史跡になっております

明治天皇小田原行在所址 と刻まれています

松原神社

遅めのランチはフレンチと洋食にふられて いきついた
正庵 天せいろはボリューム満点🥢

 

魚がし(23区)山車の1階上部・獅子の木鼻や飾り彫り
全貌は5月3日~5日に行われる松原神社例大祭で見られるそう

しめは御幸の浜海岸
波の景色は久しぶり!海が近くて良いですね

砂は少なめで可愛い石が沢山

小田原に再訪して今回見れなかった総構・フレンチ・ういろう本店にも行きたい👣

~ちょっと驚いた~
ういろうといえば愛知県だと思っていたのですが
小田原の外郎(ういろう)家
約600年前の室町時代に中国「元」の役人であった医薬師・陳延祐さんが
日本に帰化し中国での官職名にちなんで外郎と名乗ったそう
以来現在の25代にわたる超老舗‼
元は薬でその後接客用に考案されたのがお菓子のういろうとのことです👀

小豆ういろうが好き♡

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まり
生涯現役! 余暇を楽しみ、 お客様に喜んでいただけるように 知識と技術の向上に取り組んでいく所存です!

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